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京より帰京の知らせ

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平安時代東海道を京に上る
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4月のある日辞令が届く


 今年は寛仁四年、上総(かずさ)に来てからもう四年になる。私たちは国司の舘に住んでいる。この建物の表は上総の国衙(現在の県庁)ということになっている。昔は国衙は別の立派な建物で、国司はそこに通って政務を執っていたのだが、火事や台風で壊れた機会に、政務も国司の舘で見るようになったとか。その方が通う手間もなく便利だし、建物を二つ建てるより費用の倹約になるからだそうだ。
昨日お父様が表からお戻りになり烏帽子を取りながらポツリと
「今日、都から使いがあったよ」と一言。
いよいよお役目が終り京に帰ることになったのだ。お父様はこれからお仕事の引継ぎやら、旅の準備やらで大忙しだとぼやくような調子で話されたが顔つきは肩の荷を下ろしたようでいかにも嬉しそうだった。私は勿論、姉さん、兄さん、まま母さん、姉の乳母のユリも、待ちに待った帰京で大喜びだ。チビちゃん(まま母のつれ子)も理由もわからないのに一緒にはしゃいで走り回った。それで今日は家中でお祝いをする。朝から台所は大忙しでご馳走の用意をしている。ああーいい匂いだ(あ、いけない食べ物のことを書くなんてはしたない!)。まま母さんの話では出発は九月頃になるらしい。正確な旅の日程はこれから、陰陽師に占ってもらい決めてもらう事になるそうだ。こちらの友達と別れるのは悲しいけど、でも都のことを考えるとわくわくして、それどころでなくなるんだ。ごめんね、今のうちにたっぷり遊んでおこう。
 それで都に帰って何をするかって?勿論、物語りをぜーんぶ片っ端から読めるだけ読むに決まっているじゃない。まま母さんはいいなあ。ここに来る前の宮仕えで、お仕えしていた姫様のところにある物語は自由に読めたんだって。源氏物語も全巻揃いであったとか。姉さんはまだ私が小さいとき親戚から女の子のいる家を順に貸しまわしているのが回ってきて読んでいる。そういえば、読み終わるまで十日間もずっと部屋にこもりっきりで目を真っ赤にして、お父様に

 「そんなに急がず、ゆっくり楽しみながら読みなさい」
とお小言を頂いていたことがあった。二人はこちらに来てからも夕食の後など縁側でよく源氏の君の話をするんだ。私が聞き耳を立て話に割り込んで
「そこの所もっと最初からちゃんと話して」
などと言っても一応話してはくれるのだが、あやふやな所に差し掛かると二人で額を寄せて相談を始める。最後には「都に帰ったら、また借りる機会もあるから自分でゆっくり読んでご覧。そのためには今のうち読み書きをしっかり勉強しておかなくてはね」などと逃げられてしまう。いつもそんな風なのでお父様に
「いつ都に帰れるの?孝子はこんな田舎、いつまでも嫌だ。大きくなってもこんな田舎がしみついた娘など誰も相手にしてくれないわ。そうなったら父さんのせいだからね」
などと駄々をこねていた。そしたら去年の今頃だったかしら、お父様が供の者達に丁寧に包まれた大きな荷物を持たせてお帰りになった。私の背丈ほどもある藥師様だった。

 「孝子、今日から薬師様を我が家におまつりする事にしたから、願い事があれば薬師様にお願いしなさい」。後でまま母さんがそっと教えてくれた。
「お父様は国分寺出入りの仏師に上等の布を五反も渡して三ヵ月前から作らせておいでになったのよ。孝子ちゃんがとても可愛いのね」。
  私はそれ以来、人の居ない時を見計って手を丁寧に洗い清め、仏間に忍び入り藥師様の前で額を擦りつけ「早く、早く都に返して下さい。物語を読ませてください。もし願いをかなえて頂けたら一生仏様のお勤めを欠かしません。お願いします、お願いします」とお祈りして来た。そしてやっと願いをかなえて頂いたのだ。有難う!薬師様。

※画像は「春日権現記絵」から



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