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菅原家の人に言えない春の楽しみ

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隣家の桜で花見を楽しむ


菅原孝標の家族が上総から帰って住んだ京都三条の自宅はかなりの豪邸であったようです(なんせ、三条天皇の退位後の住まい旧三条院だというのですから)。しかもその周囲は宮邸や高官の屋敷が集中する高級住宅街でした。西隣は三条天皇の第三皇女禎子内親王(母、道長次女)でのちに後三条天皇の生母で陽明門院と称される方の屋敷でした。もっとも作者が暮らしていたときはまだ、そこにはお住まいではなかったようです。
 それはともあれ、そのお屋敷の庭に咲く桜の花がそれは見事だったようで、更級作者や作者の家族も毎年春になると、塀越しに、それを賞でるのを楽しみにしていました。そして更級作者は次のような歌を詠んでいます(治安2年1022年)。
 『春ごとに、この一品の宮をながめやりつつ、
 咲くと待ち散りぬと嘆く春はただ わが宿がほに花を見るかな』

意訳すれば、
 春になると、塀越しに見えるお隣の一品の宮邸の桜を見ながら、
「咲くのはいつかな、もうそろそろかな」と待ちわび、咲いたら咲いたで「もう散ってしまうの、散らないで」と嘆き、まるで隣の桜を自分のうちの花のような顔をして桜、桜で過ごしていたんです。

 平安時代の桜は、もちろん染井吉野ではなく山桜だといわれますが、貴族の屋敷では当時から山桜を庭に植えて楽しむことが行われていたようです。
 彼女の歌は平易だけれどもユーモラスです。なかなかいい歌だと思いませんか。自宅の西の対の縁側に出て家族でわいわい言いながら、歌を詠んだり、お菓子を食べて隣家の桜を楽しんでいた情景が目に浮かびます。彼女の歌にはきっと家族や乳母たちも笑い転げたことでしょう。若き日の楽しい思い出の一コマでした。
※メイン画像は千葉県市川市、六所神社の桜(多分、染井吉野)


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