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浜名地域に関する更級日記原文

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平安時代の女流文学である更級日記は基本的に平仮名で書かれている。松、舟、浪など簡単な言葉には漢字を当てているが、基本的には平仮名文である。古典の教科書にみられる漢字、かな混じりの文は国文学者である校訂者が漢字を当てたものである。従ってそれが作者の意図であったとは限らない場合がある。従って、解釈上疑問があれば原文を当たる必要がある。ここでは重要地名である『たかしのはま』がどのように書かれているか確認のため抜粋した。

 

はまなのはしくたりし時はくろ木をわた志た里しこのたひはあとたに見えねは舟にてわたるいり江にわたりしはし也とのうみはいといみしくあしく浪たかくていり江のいたつらなるすともにこと物もなく松原のしけれるなかより浪のよせかへるもいろいろのたまのやうに見えもことに松のすゑよりなみはこゆるやうに見えていみしくおもしろしそれよりかみはゐのはなといふさかのえもいはすわひしきをのほりぬれはみかはのくにのたかしのはまといふ

 ※更級日記、御物本の該当箇所の画像に朱筆で読みを入れている。
 

<現用漢字、句読点挿入>
浜名の橋、下りし時は黒木を渡したりし。この度は跡だに見えねば舟にて渡る。入り江に渡りし橋也。外の海はいといみじく悪しく、浪高くて入り江のいたづらなる洲どもに異物(こともの)なく、松原の茂れる中より浪の寄せ返るもいとおもしろし。それより上は猪鼻といふ坂のえも言わず侘しきを登りぬれば、三河の国たかしの浜という。

 

<口語訳>
浜名の橋、(東海道を)下ってきた時は、丸太の表面を焦がした黒木を渡してあった。今回は(壊れてしまって)その跡すらどこかわからず、舟で渡ることになった。入り江を渡る橋である。外海(遠州灘)はとても荒れていて、波が高く、入り江のあちこちに顔を出している洲の上には何もなかった。松原の茂っている間から見える、波が寄せては返している様子はとても面白い。それ(浜名の渡し)より先は猪鼻坂というとても寂しい坂を上りきってしまうと、三河の国の高師の浜という場所に出た。


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