上総国の国府(国衙)はどこにあったか?
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上総国の国府(国衙)はどこにあったか?

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上総国の国府(国衙)の位置は未確定


 現在の所、上総国衙の位置は発掘調査では確定されていない。しかし、国府と国分寺、国分尼寺、総社はセットで建てられるのが通例なので、現在、市原市役所がある市原台地(国分寺台)にあったことは間違いない。また国司の官舎である国司の館(たち)が富士山を見ることができる台地上にあったことが日記から分かるからである。更級日記中、足柄山の項で「富士の山はこの国なり。わが生いいでし国にては西面に見えし山なり。」とある。なお、平安中期以降、行政実務を本来の国衙でなく、国司の官舎である国司の館で執る例が増えてくる。実質的に国府が移転したといえるかもしれない。


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