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「いまたち」の現在地はどこか?

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いまたちは交易をおこなう市の管理をする施設か


 今のところ、「いまたち」が地名なのか、新館という意味の施設名なのかそれも分かっていない。しかし、その場所の大体の位置は推定可能である。少なくとも旅の準備をするはずであるから、街道沿いの交通便利なところでなくてはならないし、日記の記述から、海岸近くにあったことは間違い無い。
とすれば、市原の国府からの大道と海岸沿いの官道(下総ー安房間)が交わる辺りと考えることができる。そこは現在の飯香岡八幡宮のあるあたりである。この辺りは後世、八幡宿という宿場町ができる程の交通の要衝なので可能性は高い。具体的には当時の飯香岡八幡宮に付属する施設がそれであったというのは想像がすぎるだろうか。ちなみに飯香岡社の創建は境内の案内板によれば「白鳳時代といわれる」とある。八幡宮の重要な神事、放生祭は国司臨席で執り行われたというから、当然国司をもてなす建物もあった筈である。


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