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平安時代の暦はどうなっていたか?

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平安時代のの暦


 当時は太陰太陽暦(いわゆる旧暦)で、一月は月が満ちて欠けるまでの日数を基準にするので29か30日であった。しかしこれでは一年の日数が365日に足りない。そこで何年かに一度、閏月を入れ、その誤差を修正した。元々月の動きと太陽の動きは別個の原理で決まっているのだから、かなり無理な暦である。しかし月さえ出ていれば、今が月の何日ぐらいかすぐ分かるし、月の満ち欠けの回数が月数になるので、情報のない時代には便利な面もあった。つまり新月なら1日、満月なら15日(十五夜)であり、新年から5回新月となったら6月である。
月齢図引用:詳説日本史図録、p318,2008:山川出版社
ちなみに平安時代のヨーロッパの暦は現代の太陽暦(グレゴリオ暦)に近いユリウス暦である。このホームページでは現代の季節感に合うように原則的に旧暦を当時の太陽暦(ユリウス暦)に変換して表示する。
 ※季節感を完全に現代と一致させたいなら、1582年から施行されたグレゴリオ暦(現在の西暦)に変換した方が良い。しかし、そうすると平安時代のヨーロッパの暦の日付とは多少差がでる。


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