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紫の染色はどのようにして行われたか?

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平安時代の染色技術


 平安時代の染色は現代で言う「草木染」であった。紫色は紫草という草の根から得られる染料によった。紫草は古くは武蔵野に自生する植物であったが、現代では絶滅危惧種で、草木染めに使われる紫草の根(紫根)はほとんど中国から輸入されているという。この古代紫の染色について、NHK総合テレビで興味深い番組が放映された(2005年4月22日午後11時~11時45分「人間ドキュメント」)。
山崎青樹(せいじゅ)氏、81歳(高崎市北久保町)は親の代から染色を営む染色家である。草木染という言葉も先代の命名によるそうである。青樹氏は高松塚古墳の壁画に描かれた女官4人が着る衣服の染を現代に再現することをめざし、すでに3人の着る色を再現していた。ところが4人目は壁画の傷みが激しく何を着ているか、よく判別できず、再現されないままであった。ところが、昨年、蛍光X線分析(古代文化財研究所)によりそれが紫であることが分かった。それを紫草で再現することを染色家の2人の息子さんとともに試みた経過を追った非常に分かりやすく、有益な番組であった。
 原料は中国産でなく国産を使いたいということで栽培地を探したところ、埼玉県の国営武蔵丘陵森林公園、都市緑化植物園(熊谷市、滑川町)で種の保存のため2000株が栽培されていた。紫草は多年草で秋に種をつけ枯れる。紫草は小さな白い花を咲かせる。その根は普通は掘り出し乾燥させて染色原料として使用される。根を水で搾り出すとアセチルシコニンという色素を含む赤い液が出てくるが、これを椿の葉を燃やした灰を溶かした液と混ぜると灰に含まれるアルミにより紫色に変色する。椿は夏に最もアルミ濃度が高くなるため、夏に椿の葉を刈って燃やし灰を取っておくのだという。今回の試みでは森林公園から紫草の根2kgの提供を得、乾燥させず生の根から直接、色素を浸出することが試みられた。
 まず染め糸の絹糸を灰を溶かした液に漬け、次に紫草の根の浸出液に漬け乾燥させる。一度では薄くしか染まらないので、この操作を数度繰り返して色を濃くしてゆく。山崎青樹氏によれば、なかなかいい色に染まったということである。この色は浅紫(アサキムラサキ)と呼ばれた色だと推測されている。
 現在、紫草は保護のため埼玉県森林公園のほか九州の大分県竹田市でも栽培が行われている。延喜式によると大分県竹田市には直入郡家が置かれ九州有数の紫草の産地であったという。2002年(平成14年)から往古あった紫草園の跡地(志土知)で栽培が復活され、うまく育っているそうである。村おこしが主目的とはいえ順調に推移しているようで喜ばしい。そのほかの場所でも同様の試みが行われていると聞く。
※画像は『草木染 染料植物図鑑』p.217(山崎青樹、美術出版社1985)より


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