継母の氏素性は?
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継母の氏素性は?

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菅原家の謎
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貴族は同格の家と婚姻するのが普通だった


 彼女は高階成行の娘といわれています。菅原家と同じく受領階級の家の出です。多くの受領の娘がそうであったように彼女も宮仕えに出ます。どこに出仕していたかわわかりませんが、紫式部は1017年ごろ亡くなったらしいので、ひょっとしたら、どこかで紫式部に会ったことがあったかもしれません。仮にそうでも親しいお付き合いはなかったでしょうが、女房仲間でこの有名人について、色々うわさ話はしていたことでしょう。上総滞在中この継母が『更級日記』作者姉妹に紫式部や源氏物語のことを、事細かに語って聞かせたことは想像に難くありません。言い換えれば『更級日記』作者の物語願望はこの継母によって植え付けられたのです。
 後年のことですが、菅原家の系図にもありますが、継母には成章(しげあや)という叔父がいます。この成章の妻に紫式部の一人娘、賢子(後冷泉天皇の乳母を勤めたので本名がわかっています)がなるのです。更級作者と賢子はほぼ同時代を生きることになります。


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