更級日記の東海道の旅をもとに平安時代の古地形や文献で平安時代日本を再現
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蒲原駅と富士川の渡河(平安時代東海道)

  本ページで紹介する資料は古代日本の交通路Ⅰ(藤岡謙二郎編、大明社昭和53,p.142)の抜粋である。

本書は古代交通史がようやく歴史学の一分野として研究が始まった時期に、それまでの文献調査、地籍図調査により得られた知見を全国網羅的にまとめたものである。この分野はその後、考古学調査、航空写真解析などの新しい手法により飛躍的に発展し、文献によるルート比定が困難だった道路遺構が明らかになりつつある。。しかし、本書は昭和40年代までに集積された知見を一覧参照できるるため、交通路研究のスタート資料としての価値は依然として大きい。残念ながら本書は現在、古書を入手するか図書館で閲覧するしかない。

本項は更級日記一行が富士川渡河に先立つ宿営地を決定するための参考資料である。

以下抜粋引用



蒲原駅と富士川の渡河



  『三代実録』貞観6年(864)十二月の条に「駿河郡帯三駅二伝。横走、永倉、柏原駅家是也、惣差点丁駅子四百人、傳子六十人。年来疫旱荐臻。課丁欠少。因而駅傳子等不能満数。郡民凋残。莫甚於此。望請。廃柏原駅、富士郡蒲原駅遷立於富士河東野、然則蒲原駅与永倉駅、行程自均、民得息肩 従之、」とあり、柏原駅が廃されて蒲原駅が富士川東岸に遷されたことが判明する。従ってこの文脈からすれば蒲原駅の旧位置は富士川西岸の可能性が高い。

  ところで駿河国には蘆原郡と富士郡に蒲原郷があり、現在は富士川西岸に庵原郡蒲原町が存在している。前掲の文献からは旧位置の蒲原駅が何郡に所在したのか不明である。しかし、現在蘆原郡の蒲原町が距離的には息津駅の次駅としてふさわしい位置を占める。もし最初から蒲原駅富士川の東岸にあったとすれば、その位置は余りに東にかたより、後述する柏原駅と近接し過ぎることになる。当時の富士川の河道がいずれにあったのかは不明であるが、郡界が現河道のところにあり、しかも『吾妻鑑』治承四年(1180)十月廿日の条によれば、頼朝軍主力は「賀嶋」に到り、これに対する平維盛は、「富士川西岸」に布陣しているから、少なくとも平安末には旧加島村すなわち現在の富士市本市場より西にあったとみてよい。『万葉集』にみえる潤和川・潤八川が現在の潤井川をさすとすれば、律令時代においても富士川の河道は平安末と類似の状態であった可能性が高くなる。もとよりこの河道はは固定されたものではなく、第5図のような富士川扇状地上を乱流していたものと考えねばならないが、主流はおおむね現河道に近い状態であったとかんがえてよいであろう。承和2年(835)の太政官符にみえる「駿河国富士河」の「浮橋」はこのような富士川に設けられたものであった。

  このように考えを進めてくると富士川の東野に遷立された蒲原駅とは前述の旧加島村付近である可能性が高くなる。この点については柏原駅廃止に関連して、次に再述したい。



柏原駅



  前記の『三代実録』貞観六年の条にみえる柏原駅は『和名抄』駿河郡柏原郷と対応することは間違いないが、その所在については?現在の富士市船津付近に否定する説、?田子ノ浦砂丘上の富士市柏原に比定する説の二流があり、全社では山麓に官道を推定し、後者では砂丘上に官道を推定することになる。

  田子ノ浦砂丘の背後には浮島沼と呼ばれるラグーンが存在してことは周知のところであり、田子ノ浦砂丘の形成時期について小川賢之助は、上部砂州層が陸上に現れた最後の解体の時期は紀元前一世紀以前に求めねばならないとしている。成因論などに立入る余裕はないが、ここでは田子ノ浦砂丘の原型が遅くとも歴史時代に入るところまでには成立していたことは確認してよいであろう。しかも柏原付近には長軸41.5メートルの前方後円墳である山ノ神古墳をはじめ、すくなくとも三基の古墳が確認されている。律令時代の官道がこの砂丘上を通過し、柏原付近に駅家が設置されたと考えることも無理ではないであろう。加えて、『万葉集』にある山辺の赤人の名歌に、「田子の浦ゆ打ち出でてみれば」とあるのも、『更級日記』に「田子ノ浦は波たかくて 舟にてこぎめぐる」と記すことも、この砂丘上の交通路と無関係ではないであろう。第5図の柏原の位置に駅家を推定したい。この位置は前述の息津駅ならびに遷立以前の蒲原駅との距離関係も全く矛盾のないところである。

  しかし、古墳・式内社・廃寺の多い山麓部にも交通路があったことは当然考えられるところであり、柏原駅を廃した貞観六年以後はこの山麓ルートを官道とした可能性も否定できない。また柏原駅を廃した後の「行程自均」と記された蒲原駅は、前述のように本市場とすると蒲原町・柏原町の中間に位置するから条件はすべて満足することとなる。

(金田章裕氏執筆)



 

 

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