更級日記の東海道の旅をもとに平安時代の古地形や文献で平安時代日本を再現
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尾張郡司百姓等解文から垣間見える平安時代の地方税制

  延喜の治を契機に平安時代は『律令国家体制』から『王朝国家体制』という新たな統治システムに変わった。一言で言えば、それまでの人頭課税を土地課税にし、国司に大きな裁量権を与え、中央に一定の貢進物を上進すれば、任国のことは任せるというもの(受領制)であった。これは一見小さな政府を実現し効率化が図られたように見えたが、反面、国司によってはやりたい放題で、地方の荒廃が進むことになる。


  尾張郡司百姓等解文は藤原元命による悪事のデパートの如く合法、脱法、収奪の手口を披露しており、これを分析すれば、当時の地方財政の実態を推測することが出来る。正当な課税も漏れなく、そこに含まれるからである。


(1)地方財政の骨格


  平安時代中期の地方財政の実態については、よくわかっていない。その原因は延喜の治で税制や土地制度が変革されたにも関わらず、菅原道真の失脚により中途半端な改革に終わり、前時代の制度や慣行を残したためではないだろうか。ここに、悪徳国司がつけ入る余地があった。

平安時代の国と現代の県は領域が重なる場合も少なくないが、財政構造は全く異なる。実際に上野国(群馬県)の例を見てみると基本骨格は驚く程シンプルである。


  表.1に上野(かみつけ)国の承保2年、3年、承暦1年から3か年(1076~1078)の税帳における収支総括表を示す。正税とは中央政府が定めた、”これだけは確保しなければならない”租税額で延喜式に定めがあり、この数量を式数という。元になった文書は、上野国の正税40万束から32095束の減省*を願う申請に対し、主税寮で検討のため3ヶ年分の収支を抜き書したものである。表は阿部猛氏が文書の内容(『朝野群載』p.535(国史大系、吉川弘文館)を表に整理作成したものである(『律令国家解体過程の研究』p.126、新生社)。上表には省略されているが、元文書には”収入の部に『定納官租穀』がない”という係官の注記がある。
*減省:課税できない荒廃田分の正税稲を差し引くこと


収入の部

上野国は、正倉にある(筈)の前年の穎稲を農民に貸付け30%の利息を取る。これが国の主たる財源となる。この他には雑填納額という項目しかない。注意すべきは承保2年の残稲が0になっていることである。つまり、出挙に貸出した稲は戻ってこなかったことになる。実は最初から穎稲の貸し出しは行われず、利息分だけ徴収したのである。次の2年もおそらく上野国では出挙は行われず利息だけを徴収したことを示している。つまり平安中期には出挙という種籾の融資から、課税へと変わっていったことがわかる。




支出の部

この財源は例用と臨時用という費目で支出される。表.2に支出の内訳表(承保2年)を示す。公廨料から食料費は一般的項目として、元文書にはないが記入した。

表.2の支出内訳項目の中で例用には公廨料を始め国内の日常運営に必要な費目が計上される。臨時用にはこの年☆印の3項目が支出されている。いずれも中央からの割り当てである。高陽院の約4万束の修造費はこの年で終了したようで、翌年は約4.1434万束の繰り越しが発生している。


上野国の財政状況まとめ


収支総括表を見れば、もっともらしい数字が並べられているが、誰しもこれが実態を示しているとは思わないだろう。しかし、これでも、おおよその財政規模と収支の骨格は想像できる。

表.1 上野国収支総括表

年次 正税(万束) 収入(万束)  支出(万束) 残稲(万束)
正税利稲 雑填納額 去年遺帳 例用 臨時用
承保2年(1076) 40 12 0.369 0 12.369 7.0211 5.3479 12.369 0
承保3年(1077) 40 12 0.369 0 12.319 7.0211 1.2048 8.2259 4.1434
承暦1年(1078) 40 12 0.369 4.131 16.5121 7.0211 1.2048 8.2259 8.2862

表.2 上野国支出内訳表(承保2年)

支出項目 摘要
例用
7.0211万束
公廨料
国分寺料
文殊会料
修理池溝料
救急料
食料費
☆交易料 絁50疋(4500束)
☆春秋釋奠料 民部省
臨時用
5.3479万束
☆紅花・調布 2298束 内蔵寮
☆紅花etc 賀茂斎院

☆高倉院修造費 左弁官宣旨による。本年で終わり



(2)尾張国の財政状況の復元

尾張解文の内容を整理して、明らかに非法、犯罪行為の項目を分離し、どのような税が課されていたかを知れば、ある程度、尾張国の財政規模を知ることが出来る。

尾張国収税状況

ページ末に示す、表.5の解文内容別分類表から合法及びグレーと思われる項目を抜き出し、表.3に課税項目をまとめた。

尾張国は解文に見られる税収をまとめると(表.4)、官法によるもの12855石、国例によるもの8457石、総計21312石(臨時用を除けば17061石)。平安時代中期に尾張国の財政規模が2万石程度というのは納得ゆく範囲ではなかろうか。この経済規模の中で郡司、百姓等によれば尾張守藤原元命は、2万石の5~6倍も収奪したというのだから、話半分としてもすさまじい。

<上野国との比較>
表.1の上野国税帳には官法臨時や国例分の記載がない。更に官法で認められている租穀の賦課が計上されていない。主税寮のお役人が『定納官租穀』の税目がないと訝しんでいるのも頷ける。情け深い国司が領民を慈しんで田租を免じたのか、或いは自分の懐に入れたのかは知る由もない。


表.3 尾張国収税一覧表

No. 解条文 根拠 納税物 税目 課税基準 税額
1 官法 頴稲 正税出挙 利率30% 73863束
1 頴稲 追加出挙 利率30% 43124束
3 租穀 2斗/反

6548石
4 率稲 2束8把/反 9167束
小計 6308石
5国例 雑物(官法外租穀) 10束/反 32740束
6 調絹 1疋/2町4反(代米4.8石) 1364疋
7 交易利ざや 1疋を市価の1/3~1/4で交換

以下に各項目の税額計算の根拠を示す。
共通与件として尾張国の稼働田数を3274町とした。
稼働田数は尾張国の総田数6820.7町(倭名類聚抄による)に減省率を掛けたものとなる。226290/472400=0.48
6820.7×0.48=3274(町)

交換比率は

以下の通り 穀1石=穎稲20束、絹1疋=5石  

①:472400(正税式数)ー225000(減省)=246110(出挙額) 246110×0.3=73863(束)
②:追加の出挙では穎稲を貸出さず利息だけ取っている。融資ではなく実質課税である。
③:0.2石×3274町=6548石
これが上野国で言及されていた定納官租穀に当るものか。
④:臨時に一定の率で田に賦課される租穀である。本来③の租穀課税で終わりになるはずだが、臨時が常態化していることに領民は怒っている。災害や中央からの割り当てなら、まだ辛抱できるが、私腹に入れられるので我慢がならないのである。
⑤:国例(地方税)税目で率分といって租穀を反当り一定率で賦課していたようだが、元命は実際には絹、布、糸、綿、漆、油での現物納入を強要していた。交換比率を不当に低く見積もって、市価との差額を着服するためである。
⑥:調絹という税目はこの時期には無いはずだが、律令時代の調が、地方では国例として徴収されていたようだ。それはともかく、元命はここでもトリックのような理屈で安く絹を取り上げ、領民を困らせている。(脇田晴子『日本中世商業発達史の研究』p.58、お茶の水書房)

⑦:交易(きょうやく)とは国衙と生産者の取引であるが、実際には自由取引ではなく、国衙の指定価格で絹など諸物資を調達する制度(強制取引)*であった。従って生産者は市価で売るより損をする制度で、時代を下るにつれなくなっていった。正直な国司であれば、市価との差額は国庫に入れなければならない性質のもので、その意味で収税項目に挙げた。しかし実際には表.2に見るように上野国では交易料として支出の部に入れている。絁(あしぎぬ)50疋の購入費として4500束を支出したことになっているが、市価はずっと安い(絹の市価なら約1疋90束)ので利ザヤは国司の懐に入ったのだろう。

*:村井康彦『古代国家解体過程の研究』p.97(岩波書店)、阿部猛『律令国家解体過程の研究』p.194、(新生社)


表.4 尾張国収税総括表(単位:石)

税種 No. 定納 臨時 備考
官法 3693 出挙
2156 出挙の名残
6548
458
国例

1637
6820 調の名残
17061 4279 21312

表.5 尾張郡司百姓等解文の内容別分類

訴因種類 条文 要旨 合法・非合法 備考
徴税 1 追加の出挙は実際に稲を貸出さず利息だけとっているので融資ではなく税。例挙(利息30%)と通算すると実質利息は48%となり高過ぎ グレー

他国でも同様なことは行われていた。

追加の出挙は臨時用としてあった。着服なら犯罪

2 租税田、地子田を区別せず一律に官物(調庸物…諸物品)賦課。地子田は小作なので賦課は不当 グレー この時点では不当だが、時代を下れば区別がなくなる。
3 租穀…官法によれば1束5把(7.5升)。慣行として1.5~2斗の加徴は行われていた。しかし、元命は3.6斗も取った。 グレー
4

正税利稲の他に2束8把/反の加徴

率稲:本来、臨時の公用に充てるもの
グレー 私的流用
5

官法外(例数率分官法)

正税関連の息利、租穀地子は10束反なのに元命は束2把/反

・稲穀でなく雑物、絹、布、綿、漆、苧で徴税するが、交換比率が時価の5、6倍、それに加え副物(そえもの)まで取る(2.2尺/疋)

慣行

稲穀と雑物の交換比率がひどすぎる。通例の1/5、1/6
6

調絹1疋が2町4反(代米4.8石)に課されているが、元命は1疋を1町1反(代米2.2石)と実質増税

これは絹、精好の生糸(上質糸)で納めさせる。

グレー

慣行

調の名残か?

元命は相場を見ながら糸、絹いずれか有利な方で納めさせる。

7

交易:不当に低い交換比率

絹を稲穀で買い上げ

グレー

本来の価値の倍→5倍。

供応、土産まで要求する

8 帳簿上の過去の未進物(死者、逃亡者による)を現在の耕作者に追徴 慣例無視 徴収しない慣例
16 郷分の絹を郡司,田堵から徴収 非法 根拠不明
職務怠慢
10 救恤用租穀(在路救民)用、支出せず 非法 税調には計上
11 駅家運営費(伝食料、駅子直米)支出せず 非法
12 駅家雑用費(駅、伝馬)
秣料、馬買替料支出せず
非法 税帳には計上
13 池溝料、救急料1200余石支出せず 非法 税帳には計上
19 渡船(馬津の渡し)の購入せず 非法 支出せず
26 守の元命が在庁しなかったり、居ても居留守を使って百姓らの訴えを聞かない 非法 職務放棄
31 公示すべき官符のうち、元命に都合の悪い6本の官符を隠匿 非法 背任
人件費不払い 20 掾以下の国司、史生の公廨稲支給せず 非法 都から赴任してきた邪魔者を追い出すいやがらせ
21 書生、雑色、書記の食料費支給せず 非法 悪事に抵抗する在地職員の追い出し
不正行為 16 検田の不正。課税対象の田を多く見せて勘益出田を行い恩賞に与るべく悪事を競う。一味が貪り取る供応、土産が目に余る 非法 恐喝、強奪
17 前任国司の繰越分を官庫へ入れず 非法 着服。稲穀を玄米に搗かせて京の自宅に運ばせる
18

漆の計量のごまかし、1升を5合に計る。

非法 十余石余分に要求。進上不能量を絹で要求。その交換比率が不当に低い

暴力行為・恐喝

9 借絹・交易と称して脅し取る。返抄を渡さず。後に取引がなかったことにする 非法 詐欺・強奪
14 絹の取立てを通例より頻繁に行う 慣行破り 徴集人の手土産稼ぎ
15 郡司の自家用の田や財物を強奪、国内の上中下田からの地子として麦を徴収 犯罪 郡司の佃を奪い夏に麦を耕作させて地子(小作料)という名目で麦を徴収
職権乱用 16 資格のない有官散位を入れて検田の不正。雑物の強奪。不要に大人数を入れ、ゆっくり仕事をして、供応、土産を要求 非法 手下たち迄、勘益出田で禄田に与ろうとする
22 京都の自宅に白米、糒、黒米、雑物を運ばせる際に、不当に安い運賃 グレー 1石の所 3.9斗しか払わず。地位利用の職権乱用
23

私物の運搬に人馬を徴発

官物の運送だけにするべき

グレー 運賃が安い(人1石、馬2石)。地位利用の職権乱用
27 元命の子弟郎等が雑物、牛馬を強奪 犯罪 恐喝・強奪
28

頼方(元命の息子)が自分の運送の為、人馬を強要。

更に従者が土産として5、6石~1石

非法、犯罪 恐喝、強奪
29 元命の子弟郎等が郡司・百姓に造らせている佃の収穫物を奪う。経費も渡さないばかりか土産まで要求する。 非法、犯罪 恐喝、強盗
30

元命の帯同した有官・散位、親戚、同類が、でたらめな検田

土産の要求

非法、犯罪 恐喝、強盗
 

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